AI は「悪魔の道具」? 宗教と技術の交差点
みなさん、こんにちは。今回は AI と宗教的な視点が交差する、ちょっとユニークな話題をお届けします。
AIチャットボットは「悪魔の道具」?
クリスチャンのジャーナリストでインフルエンサーのビリー・ハロウェルさんが、AIチャットボットが「悪魔の領域の道具」になり得ると警告しています。彼は、自身の経験や警察官などの話をもとに、テクノロジーが超自然的な力に「乗っ取られる」ことがあると語っています。
ハロウェルさんは、AIへの依存が進み、人々がAIにすべての答えを求め、さらにはAIと「関係」を築くような状況を危惧しています。彼はこれを、文化の精神的・知的な衰退の一環と見ているようです。
歴史に見るテクノロジーへの恐れと信仰
こうしたAIへの不安は決して新しいものではありません。過去にも印刷技術や電信、ラジオ、テレビなどの新しい通信技術が「悪の道具」として恐れられてきました。1980年代の「サタニック・パニック」では、ゲームや音楽が若者を悪に引き込むと非難されたこともありました。
ルター派の神学者テッド・ピーターズ氏は、AIが文字通り「悪魔に取り憑かれる」ことは考えにくいものの、人間を操作したり害を及ぼすなら「悪魔的」と言えるかもしれないと指摘しています。
宗教とテクノロジーの相互作用
テキサス州立大学の宗教学准教授ジョセフ・レイコック氏は、新しい技術が登場するたびに、それに超自然的な意味を見出す傾向があると話します。古代ギリシャの演劇の「機械仕掛けの神」から、19世紀の霊媒術、そして現代のインターネットやAIまで、その流れは続いているそうです。
また、孤独や感情的な脆弱さが、人々をAIのような「慰めやつながり」を約束する技術に引き寄せるとも述べています。彼は、もしAIの発言を特定の人物がコントロールし、それが現実の認識を左右するような状況になれば、その人物が「神」のような存在になる可能性もあると懸念しています。
今回の話は、AIの進化に対する宗教的・文化的な反応の一例として興味深いですね。テクノロジーがもたらす恩恵とリスクをどう捉えるかは、私たち一人ひとりの考え方にも関わってきそうです。引き続きウォッチしていきたいですね!
